〇テーマ:
「冠婚葬祭の会食における伝統的献立の消費実態と文化継承に関わる機能・課題の考察」
〇概要:
石川県及び能登地域を対象に祭事、仏事の会食における地域の食文化継承、地域食材の消費に対する貢献を確認するとともに冠婚葬祭の多面的機能を評価し、この機能が将来も発揮できるような工夫を検討する。
〇実施内容:
本研究では、地域の祭りや葬儀・法事など冠婚葬祭の場が発揮しうる地域の食文化継承、地域食材の消費への貢献に注目し、今日の冠婚葬祭での地域らしい伝統的な献立の摂食、調理技能の継承の実態と、会食機械の質変化をとらえ、現在や将来の祭事・仏事会食で地域らしい伝統食に人々が接する機会、継承されるチャンスを生み出すための工夫を探ることを目的とした。
研究対象地域として、冠婚葬祭に関わる会食が一定程度現在も執り行われている一方で少子高齢化が急激に進行している石川県の奥能登地域(この地域にある主なキリコ祭り開催地区)を取り上げた。あわせて、同じ石川県内でもより都市的特徴の強い地域で、冠婚葬祭に関わる会食が一定程度現在も執り行われている白山市旧鶴来町域内の鶴来地区にも注目した。前者は、夏から秋にかけて地域内の各地で「キリコ祭り」が継承、開催されており、そこで提供される会食「ヨバレ」の文化が地域らしい祭り文化の特徴的な構成要素として指摘されてきた。後者では、10月に行われる「ほうらい祭り」で来訪者らに会食をふるまう習慣があり、その献立のなかでも「笹寿司」に特徴がある。従前より“真宗王国”と言われる石川県にあって、両地域とも報恩講などの仏事も盛んである。
本研究では、奥能登地域の主要なキリコ祭り開催地区、鶴来地区の地域住民を対象に、祭りや仏事での会食の実態、
会食に対する意識を問うアンケート調査を実施した(アンケート作成に助成金を利用)
アンケートは、個人情報を取得せず実施するため、郵便局のタウンプラスを利用して発送し(料金支払いを助成金から支出)、各世帯で調理を主に担当する者に回答を求めた。アンケートの回収は、料金後納郵便を利用して実施した(アンケート印刷費・〒発送代金の値上がりに伴い、予算では助成金からの支出としていたが賄えず、校費で対応)。奥能登地区には、7月から9月にかけて、4,471通発送し、11月末までに返信を求め、有効回収率は13.6%であった。鶴来地区へは、9月下旬にアンケートを1,454発送し、11月末までに返信を求め、有効回収率は18.8%であった。両地域とも、予想していた回収率を上回る回答が得られ、妥当な分析が可能な有効回答数をほぼ確保できた。アンケートの集計は、申請者のほか、申請者のゼミ学生の支援を得た。(謝金・消耗品への支出発生。アンケート印刷等と同様に当初助成金で対応としていたが校費対応で切り替え)
アンケート調査と並行して、両地域の祭り機関に現地に赴き、各地の量販店・食料品店や直売所、弁当販売店等での会食に関連する商品の販売状況やチラシ、買い物客の様子の観察を実施した。
また、各地の祭りに関する県・市などの観光情報、各種パンフ・ガイドブック等での言及の内容、各市町の市史などでの記載などの確認を行った。
現在は、アンケートの集計作業が完了し、分析を進め、論文を執筆している。この後、令和2年のうちに、学会誌(日本地理学会)に論文を投稿の予定である(3月末か4月中の見込み)
〇事業の効果:
奥能登・鶴来とも、会食が一定程度継続されており、その食材購入の多くを地域内で行い、会食による親睦機能や郷土料理の理解・継承機能への好意的評価がみられた。鶴来地区の「笹寿司」のように、ほとんどの家庭が手作りする献立が今も残っており、手間がかかることを懸念しつつも作る作業を含めて楽しみにしている人が多数見られ、献立が地域アイデンティティの表れ・確認ツールのひとつとなっている例もあった。奥能登地域では、会食に多くの地域の海産物や酒が用いられ、今でも茶わん蒸しや赤飯は自家調理するこだわりも見られた。
一方で、両地区とも提供される会食の質・形態は変化していた。奥能登地域ではかつて銘々膳で手づくりの献立を数多く提供されていたスタイルから、仕出しやオードブルを中心とした会食が主となってきている。従前の会食が持っていた伝統的献立の家族内継承機能は減じている。多くの招待客を招くのではなく親しい友人や親族で小規模な会食をする形に移行し、舞い込みの受入れの減少とそれに対応しやすいオードブルの活用がみられた。 また、そのような変化も人々からヨバレとして妥当、規模縮小も致し方なし、と捉えられている。両地区とも、会食を楽しみにしている人は多数あるが、準備する家人(主として女性)の作業負担感や支出の負担感、食べ残しの多さに対して、改善の余地があると考える者も多くみられた。地域の人口構造や人々の生活スタイル・価値観、家族構成、あるいは経済水準や買い物環境などが変化するなかで、会食の「真なる・核となる側面」を残しつつ時代にあったものに変容させる地域内での合意や雰囲気の醸成が、祭りの持続可能性の向上にも影響する。
仏事での会食に関しては、会館での仏事実施や会食の簡略化、若年層の仏事経験の減少などもあり、過去ほど盛んではなく、地域の仏事で用いられてきた伝統的献立を調理・消費する経験、食材を最終調達・おすそ分けする機会が減少している。一方で、輪島地区で昔から用いられてきた「すいぜん」の認知を確認すると、輪島地区の回答者の正解率が若年層を含めて他地域より著しく高く、仏事で食べた経験での学習効果や量販店で購入できる環境の存在が地域性の継承を後押ししていた。また、多くの住民から、仏事会食(仕出しや弁当)での地域食材・献立利用への肯定的評価が確認された。そのことを踏まえると、献立の一部を地元食材や伝統的献立にすることでこだわりのメニュー・商品とし、その点をパッケージ印刷やパンフ等で消費者に分かるよう示すなど工夫をすることで、家族層などの小規模会食での高単価商品の消費促進や差別化を実現するとともに、仕出し製造業者・仏事関係業者らの地域文化継承への企業の社会的責任(家庭内で困難になった調理・食文化学習の代理提供機能)の発揮が可能であると考えられる。