2022(令和4)年度(第24回)3.岩永 紘和

○研究テーマ

『戦国期地域社会における妙心寺派禅僧の活動―供養・葬送と神祇祭祀への関与に注目して―』

○事業内容

戦国期地域社会に宗教勢力が果たした役割について、禅宗勢力、特に臨済宗妙心寺派における供養・葬送事例の事例を収集・検討した。美濃・信濃・甲斐を主対象に、檀越や地域社会に宗教勢力がどのような影響を与えたのか、①供養・葬儀における近年の日本中世禅宗史の研究整理、②供養・葬送に関する事例・史料の抽出と検討、③神社との関わりについての検討、を中心に試みた。

①供養・葬儀における近年の日本中世禅宗史の研究整理

近年刊行の斎藤夏来『五山僧がつなぐ列島史』を特に深める形で進めた。同書の検討は、2024年1月7日(日)に学内非常勤講師間の読書会にて報告した(京都大学文学研究科古文書室・参加者2名)。研究史整理の中で、手元にない研究文献は購入した。中間報告会にて課題として提示された民衆との関わりについて、他宗の事例も含め民衆と葬儀・供養について先行研究の更なる読み込みを図った。

②供養・葬送に関する事例・史料の抽出と検討

東京大学史料編纂所、県立長野図書館、山梨県立図書館などを訪れ、語録や寺院所蔵史料を中心に刊本未収録分も含めた関係文献・史料調査を通じ事例・史料の抽出及び原本調査に努めた。『諸回向清規式抄』などの史料集購入による事例の確認・収集も図った。その上で禅僧の役割が顕著に見出せる事例に注目・検討し、①につながる先行研究の批判や捉え直しを図った。現地調査は安楽寺(長野県上田市)、栖雲寺(山梨県甲州市)を訪れ、寺院や周囲の史跡の巡検から、禅宗寺院が置かれた立地環境やそれが供養・葬送を果たす上でどのような役割を果たしたか考察した。中間報告会では、供養・葬儀に供されるモノの実態について更なる事例の検討が課題となった。その中で、湯を供する事例は、禅宗史で注目される温泉との関係にもつながる問題として注目される。現地調査で訪れた安楽寺も温泉地と関係を有する。これは飛騨下呂温泉と禅僧の活動にも共通し、此岸彼岸を現出する環境に禅宗寺院が積極的に関わる点や「湯」そのものへの禅僧の認識について今後も検討したい。

③神社との関わりについての検討

②において抽出した事例から妙心寺派禅僧と神社との関係を考察し、妙心寺派が禅僧として檀那を獲得・維持する上で、地域社会に根付く神社との関わりがどのように影響したか考察した。武水別神社神官松田邸展示(長野千曲市)の史料群をはじめ、戦国期に神社が地域社会に根付いていることを踏まえ、神社と禅僧との関係を示す事例を見出し、抽出・検討を加えた。中間報告会で課題となった神仏習合の濃厚な戦国期の中で神社との関わりを強調することについて、①による他宗の検討や②の事例の収集・再確認の中で漢文執筆を一つの論点と認識しており、こうした点を中心に②と同様、今後も検討を図りたい。

 

○事業者のコメント(事業実施により得られた効果)

本事業は、先述の3点から以下の効果を挙げた。検討すべき論点や貴重な具体例を提示することで、当該分野における研究状況の変化・好転に資すると考える。

①供養・葬儀における近年の日本中世禅宗史の研究整理

禅宗史が他分野と比較して対象や主題の棲み分けが顕著であり、研究者同士の相互評価が低調な状況に対し、研究状況の体系化と今後の課題を示した。具体的には語録史料に多数事例があることから重要な活動とされてきた供養・葬儀について、重要性の強調に比して実態の言及が少ない課題を見出し、具体例を抽出・共有する必要性を提起した。近年では供養・葬儀に慎重な評価も出るが、これには②の事例から反証し、供養・葬儀の役割自体は引き続き重視できると評価した。さらに、慎重な評価も実態が明瞭でない中で出された提起でないかと背景にある研究史的問題も指摘した。

②供養・葬送に関する事例・史料の抽出と検討

事例収集の中で美濃佐藤氏や甲斐穴山氏の供養・葬儀関係史料の重要性を提起した。佐藤氏の生前製作の寿像は斎藤著書の所説を反証できる史料でもあることや、穴山信君死後の関係史料は、当主の不慮の死と若年当主の家督相続という状況下で継承儀礼としての供養がどのように機能したか論じた。また、死者への悲しみを区切る機会や、禅僧が死者の才名を後世に伝えるため賛文執筆に取り組む様子も見出した。さらに近世以降武士が本貫地を離れる中で、現地に留まった禅寺の動向を示す事例としての重要性も提起した。動物供養では、飼い犬の画賛や怨霊供養の事例はある一方、現代につながるペット供養は史料上見えないと位置づけ、その違いは政治的意義も有する大規模な供養・葬儀と動物供養が切り離されることに起因すると考察した。供養・葬儀に供されるモノの実態について、『梅花無尽蔵』では京由来の製法をもとにした酒・饅頭が美濃中心部で製造・重宝されたことが知られるが、こうした京由来製法の飲食物が供養・葬儀にも供された可能性を見出した。『梅花無尽蔵』からは供養に用いる祭文とその使用法の具体例も見出し、辞書に見られない維那・侍者・行者の具体的役割や、礼式が前代と比べ複雑化していることを指摘した。

③神社との関わりについての検討

禅僧が広範な人々と関係を形成・維持できた背景を考える手がかりとして神社との関係に注目する方法論の有効性を示した。戦国期に禅宗と神社との関係として注目される渡唐天神説話や鎮守である土地堂だけでなく、戦陣祈禱・再興勧進帳における禅僧の活動にも注目することで、文筆活動による神社との関わりを通じて地域社会に関わる様子を見出した。戦陣祈禱は禅僧が持つ宗教的暴力について再認識する契機にもつながりうる。土地堂も事例集積の中で、在地に根付く諏訪信仰や白山信仰の取り込みにつながる動きを見出した。